古墳時代の身分制度


大和朝廷と連合関係を結んだ各地の豪族は、酋長の氏上を中心にして氏と呼ばれる同属集団を組織化しました。

また、田荘という名前の人は田地、部曲・奴という名前の人は農民・奴隷のとされました。

そして各氏の家柄や勢力に応じて、臣・連・君・値・造などの名前で身分を表す姓を与えられました。
名前で身分を示す制度を氏姓制度と呼びます。

また、大和朝廷の政治は臣や連の姓を持つ有力な氏の出身者である大臣・大連が国政(蘇我氏は大臣に、大伴氏・物部氏は大連でした)を担当して、大王家の祭祀や軍事など、様々な職務は伴造に命じられた氏が分担しました。

伴造は伴と呼ばれる世襲的な職業集団や品部(伴造の職務に応じて、玉造部・錦織部などと呼ばれて伴造や伴に奉仕しました)と呼ばれる職業部民を率いて、職務を行いました。

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このページは、fayeが2009年4月 9日 18:51に書いたブログ記事です。

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